Little AngelPretty devil 〜ルイヒル年の差パラレル

    春一番、仔猫の乱
 



          




 まだかまだかの桜もようやくの満開を迎え、見事だねぇ花見でもやんないかなんて、人によっては柄じゃない話題に浮かれているうちに、新学期も始まって。あちこちに新品の制服がちょっぴりぎこちない“新入生”たちが見受けられ、若葉は頭上の梢にだけ萌えてる訳じゃあないんだねぇなんて、ご隠居さんが絶妙な感慨を呟いたりして、世は正に春爛漫。
「ウチも、この時期だけは制服姿が圧倒的に多いよねぇ。」
 何たって一応は“都立”の学校ですからねぇ。しかも系列の大学もあるから、これで進学率も高い方とだいうのが、都内の7不思議に語られる日も近いかもしんない。そんな高校が、此処、賊徒学園高等部。いよいよの最高学年だという感慨も、新学期開始とともに早速始まった春季都大会への集中には負けて追いやられていたのだけれど。それでもそんなところへと春を感じて、部室の窓辺でくすすと微笑んでいたりするメグさんであり。ついでに言うならこの時期は、目立つ子同士での小競り合いも盛ん。どっちが上かはっきりしようじゃねぇかと、校舎裏だの体育倉庫だのにての、ちょっとした喧嘩というかタイマンというかも日々にぎやかに行われ、学年内部での順列が落ち着くのは、
“順当だとゴールデンウィーク前後かねぇ。”
 例外だったのは2年前の誰かさんの快進撃で。何と春休み中、まだ微妙に中学生だった誰かさんが、新二年や新三年生どころか出たてのOBまで畳んで伸した武勇伝が、今でも族の内外で、ともすりゃ自慢げに語り継がれてる。兄の七光りも親の八光りもうざいと撥ね除け、本人の拳だけにてのし上がったその英雄こそ、
「おいメグ、ツンと銀はまだ来てねぇか?」
 開けっ放しになっていた戸口から、ひょっこりと顔を出した長身の新三年生。一応はこのガッコ指定の白い詰襟という制服姿だが、上着はくるぶしまで届きそうな裾長に改造されてあるし、腰のところには蜥蜴の刺繍。ズボンの方もハイウエストという凝りようだが、当人は別に洒落っ気やワルなりの美学からやってる訳じゃあなく、単に兄上からの感化によるものだとか。まま、そんなことはさておいて。メグさんが思い出してた伝説の最高速“下克上”をやってのけた英雄さんこと、賊徒学園高等部、アメフト部キャプテンの葉柱ルイさんが、制服姿のまんまで入って来たのへ、
「いいや。あの二人は、今日まだ見てないが。」
 チームのみならず、族の方でも主要メンバー。そんなせいでか、放課後以外でも何て理由もないままに、顔を揃えてたむろしてたりする間柄だが、
「あいつらの先公から伝言頼まれてよ。進路表の提出がまだなんだと。」
 おやおや、族の頭目を、しかもそんな小っさい“お使い”でパシらせるとは、さすがは学年主任の磯貝だねぇ。うっせぇな、たまたま此処までの途中で顔ォ合わせちまったってだけだ。ムキになってか、やや口許を尖らせてるところを見ると、言われてからやっと“そうなるんだ”と気づいた辺りが、実は…根は気のいいお兄さんだって証拠かも。気がいいついでに8つも年下の小さい子からも懐かれており、
“これで、泣く子も黙るカメレオンズのヘッドだなんてね。”
 いや、だって。見栄えは大したもんですて。いかにも“特攻服”という感のある、かっちりと線の立った威圧的な制服が、だが、中途半端に“器だけ”になってはおらず。立ち姿だけでそのまま重厚さを滲ませて映える様は、文句なしの屈強精悍。日々の喧嘩とアメフトでがっつりと鍛えし体躯にまとわれた純白の鎧は、中身の充実を如実に伝え。例えば肩幅の頼もしさ、背条の撓やかさ、首や胸板の肉置き
ししおきの強靭さなどなどからは、威嚇的な態度でわざわざ誇示せずとも、威容という名の男らしさとなって余裕で匂い立ち。場数を踏んだその上へ、仁の覚悟を常に忘れず。侠気と書いて“こころ”と読む、その心根の強かさ。それが芯へと内包されたる、彼の懐ろの深さを知る者たちが集いし、族でありチームであったのだが、
「………何見てんだよ。」
「べっつにぃ〜vv
 自分のロッカーに向かい合い、練習着に着替え始めた彼だけど、その手元が何だか遅い。こんな柄の悪さでも、さすがは都議の息子で政治家一家の御曹司。育ちがいいせいか、何をやらせても結構手際のいい男である筈が、学ランのポケットから出した携帯電話を…妙に何秒もかけて眺めやり。それから手近な机の上へ置くと、いやにノロノロとした動作で脱ぎ始めるもんだから。
“判りやすい奴vv
 そっか、今日も…と心辺りがあるメグさん。いつもだったらさりげなく、窓の外へと視線を外しているのが、今日は別なのか…面白い見世物扱いで上着を脱ぐまで眺めてて。
「なに。いつもなら5分もありゃあとうに着替え終わってる筈なのに、何を もたくさしてるかなってね。」
 誰からの電話を待っているやらと、くすすと笑って立ち上がった彼女の言いようへ、むむうと分かりやすく口を曲げた総長さんだったけれど、そんな二人が同時に顔を上げたのは、

  「…誰のだろ。」
  「聞いたことのある音じゃねぇって。」

 随分と特長のあるバイクのイグゾーストノイズが、敷地の中では結構奥向きにある此処へまで届いたからで。しかも さすがはバイク好きで、仲間や知己の愛車じゃあないと、あっさり聞き分けてしまった葉柱がロッカー前から向き直ったのとほぼ同時、戸口から駆け込んで来た部員があって、
「葉柱さんっ。葉柱さんにって面会に来た奴が…っ。」
 よほど急いで駆けて来たのか。きっちり鍛えているレギュラーなのに、練習前から息が上がっているのへ、只ならぬ事態かとますます眉を寄せたカメレオンズの総長だったが、
「あいつ、生意気にも葉柱さんを出せって。正門前で待ってるんですよ。」
「…ああ。」
 それはまた、なかなかの度胸だなと。彼の分厚い胸元が深い呼吸にゆっくり上下したものの、
「ルイ、判ってるとは思うけど、今は大会中なんだよ?」
 一応のクギを刺したのはメグさんだ。全国大会であるクリスマスボウルへの夢は、昨年の秋大会で断たれたけれど、これを高校アメフトの最後の花道にするんだと参加中の春大会は、先の週末に1勝目を上げたばかりのまだ序盤戦。自分から参戦したからには、暴力沙汰なんていう中途半端な終わり方でケチをつけるなと、言外に言いたいらしい彼女であり、
「ああ。」
 そのくらいは心得ているということか、こちらも短いお返事で。この三年、色々あったお陰様で、人性にも深みを増した総長さんだったから。今ここで短慮なことはすまいと思うが、

  “………ちょっと待ってよ。”

 何かが妙に引っ掛かってたメグさん。迎えに来たのに先導を任せ、後ろ姿も颯爽と部屋から出てった彼らを見送りながら、何だろ何だろと考え込んでて…、
“あいつ…?”
 あいつ生意気にも…と、そんな言い方をした井上くんだったのを思い出す。野郎ではなく“あいつ”だったのが引っ掛かってたメグさんで。だってそれって、
“知ってる相手に使わないか?”
 他の誰でもない“あいつ”という限定。二、三、言葉を交わしてそれで“あの野郎”という順番なのかも?
“正門前にバイクで乗りつけて。ルイを呼べなんて言い出すような輩…。”
 葉柱をという名指しだったかどうかは微妙だ。お前らの頭目を出せと言ったのかもしれない。葉柱による統制ぶりは、一般生徒にも知れ渡っていることだから。そこに居合わせたのがアメフト部員でなくたって、こんな風にご注進と誰かが駆け込んで来たのだろうけれど、
“何でだろうね。”
 葉柱をと指名して来たような気がする。いや、そうは言わなくとも彼が出て来ることを予期している相手。特長のあるイグゾーストノイズは依然として途切れぬままに聞こえており、結構な大型の高級車だというのまでが聞き分けられていたメグさん。だったら、高校生じゃあなくて大人かななんて思いながら、ふと、机の上へ出しっ放しになったままの携帯に気づき、それを手に取ると自分も彼らの後を追った。
“坊やだって哀しむんだからね。だから、面倒起こすのだけは勘弁しとくれよ?”
 妙な胸騒ぎを押さえつつ、制服のスカートをひるがえし。日頃冷静な彼女には珍しくも小走りで向かった正門前では、そんなメグさんの不安が半分くらいは的中している展開に入りかけていたり、もする…のであった。







            ◇



 何だか意味深なイントロでしたが。そこからちょっとばかり時間が経過した、此処は賊学にもほど近い、とある小学校の通用門で。
「遅っせぇな〜。」
 背中に負いしランドセルの、革のつやが春の陽に光ってる肩紐を、小さな白い手でぎゅうと握ってる何げないポーズもまた、何となくのものながらそれでも愛らしく決まっているこの坊や。金髪に金茶の眸と、春の昼下がりの陽光にハレーションを起こしそうな色白な頬…なんてな描写をする前から、ははぁ〜んとお気づきの方も多かろう、当シリーズの堂々の主人公、蛭魔妖一くんでございまして。まだまだ子供の域を出ず、相変わらずにすらりとした伸びやかな肢体も、筋骨の隆起なんてものには縁のない、やわらかそうな脚や腕も健在で。今日は、洒落者な彼には珍しいくらいにいかにも子供らしい恰好、オーバーオールにトレーナーとブラウスシャツの重ね着といういで立ちでおり。ちょっぴり大きめの、シルバーグレイのスカジャンだけが、まま大人びたアイテムではあるかなというバランスで。今週の初めから給食も始まっており、三年生になったら午後に授業がある曜日がもう1個増えたのがやれやれだぜなんて、愚痴をこぼしたばっかりなので、
“ま、昨日今日と連絡がないのへも、あまり不審に思わないだろけど。”
 その方が助かるのにね。でもなんか、やっぱり気にして欲しかったか。スカジャンのポケットの中で、ずっと携帯を触ってる。慣れた操作ひとつで、あの人の声がすぐにも聞けるのに、聞けるだけじゃあないから困りもの。きっと逢いたいって気持ちが膨らむだろから。今はまだ我慢だ俺と、溜息つくともう一回、道路の左右を眺めやる。昨日の内に約束を取り付けた。付き添いがお母さんではちょっとまずいの。だって着いた先では小芝居しなきゃだから。セナは言いつけた通り、進のところに匿われてるから大丈夫。あとは自分がちゃんと演技して、それで一件落着。
「…お。」
 やっとのこと、車の音が聞こえて来た。文教地区だからか、それとも裏通りだからか。昼間に限らず人通りも車の行き来も極端に少ない通りであり。そこをやって来たのは…黒塗りのハイヤーだったのがちょっと意外だったけど。ま、慣れぬこととて緊張してますってのが出ていいかなと。自分なりの納得をもって見やった車に、
“…あれれ?”
 ハイヤーだったら有るものが無いと気がついた。ルーフに行灯がないのは有りかもだが、運転席前に“空車”とかいう表示を出す、プレートみたいのがないし。それにあの運転手さんには見覚えが…。
「………なんで。」
 意外な車がやって来て、あ、やばい、隠れなきゃって思ったけれど後の祭り。そりゃあなめらかに、坊やの目の前へ後部座席が来る見事な停止を見せた“黒塗りのベンツ”は、やっぱりなめらかにそのドアが開いて。
「乗んな。」
 中に乗ってた人が、そんな声をかけて来たもんだから。

  ――― 大声上げて辟易させるか?
       この時期だったら連れ去りかと人も呼べるかも?

 一瞬、そんな凶悪な選択が浮かんだ反射はおサスガだったものの。そんなことをしてはその後で気まずくなるのが必至だ。この人との間に、こんな下らないことが原因での、そんなややこしい空気を持つのは御免だったし。それに…坊やの側からも、何でこうなったかを知りたかったしで。
「うん。」
 迷ったのはコンマ02秒だけ。あっさり頷いて車に乗り込む。膝頭を高々と重ねて脚を組み、クッションのいいシートに座っていたのは制服姿の葉柱のお兄さんであり。坊やがランドセルを降ろしてから発進して下さるほどの気を回してくれたのは、これも顔見知りの運転手の蛇井さんで。
「…なんでルイが、葉柱議員の車で来てんだ?」
 せいぜい嫌がりそうな言いようを選んだ坊やへ、
「さあな。俺にも半分しか事情は判っとらんのでな。」
 葉柱は何だか妙な言い方をする。何にか不機嫌そうな彼であり、
「何せ、歯医者の野郎は何にも言わなかったから。」
 そうと言い足せば、
「そか。阿含が手ぇ回したか。」
 さすがは機転の利く子で、それだけで納得したよな言い方をする坊やだったので、
「………。」
 そこへの何かしら、彼らの間にだけ通じてる事情の存在を感じ取ってだろう、総長さんの表情が心なしか尖ったものの、
「事情はちゃんと話す。だから、これから行くとこではあんまり、つか絶対に、余計なことは何にも言うな訊くな。」
 相変わらずの威張りん坊な物言いだったが、今日のはやけにキツイ語調だったので。葉柱のお兄さん、特に異を唱えることもなく、唯々諾々、従ってやることにしたようだったのだけれども…。






TOPNEXT→***


 *またまた何か一波乱の予感?(笑)